あの日から一年が経ちました。。
まだ一年。。やっと一年。。。
いまも昨日のように思います。。
この日が近づくにつれ。。この時を迎えて。。。
(あぁ。。この時間の時。。車に乗って名取に向かってたんだなぁ。。))
と。。思いました。。
石巻で仕事をしていて、名取で震災に合い。。
道も分からず、車で走っていた道が仙台空港の近くでした。。
車のテレビから流れる放送での津波警報。。
必死の思いで高台の方へ高台の方へと車を走らせました。。
信号が停止しているため道路は渋滞。。
名取川の橋の上で1時間立ち往生して、このまま津波が来たらもう終わりだと思いました。。
やっと車が流れ出した時には、
もう車のガソリンは、ほとんど残っていませんでした。。
車で二晩過ごし。。
八戸の師匠に助けられ、八戸に戻りました。。
車で過ごしている間も。。
友人や知人、先輩や後輩からの電話やメールが届いたり、励ましの言葉を頂きました。。。
八戸に戻ってからもたくさんの方々が心配してくださり、
ブログを見ていて電話をしてきて下さったり、
また、食べ物を持ってきてくださったり
遠方から食料など送ってくださる方もいらっしゃいました。。
心配して食事やお風呂も準備して下さったりもして頂きました。。
本当に人の心の温かさを感じました。。。
地元八戸も、人的被害は少なかったものの、
やはり津波の被害は大きく。。
自分も何かしなければと思い。。
地元のガレキ撤去のボランティアをしてきました。。
いまある電気や水道、ガスやガソリンに車。
人々の交通手段。
スーパーやコンビ二に行けばたくさんある食料。。
これらが無くなれば人間はこんなにも無力なんだなぁと感じました。。
震災後、日曜の夕方に救出され青森八戸方面に近づくに連れて、
明かりが『ひとつ。。』また『ひとつ。。』と見えて来るだけで、
(あぁ。。よかった。。。))
と、本当に心から感じました。。
自分はこれだけで済んでいる。。
もっと。。大切な物を無くしている方々がたくさんいる。。。
震災まもなくも、街ではしゃいでいる人たちを見て、これほどにも震災の温度差があるのかと憤りを感じた時もありました。。
自分も直接被害にはあっていない。。
一年が経っても、昨日のように思います。。
岩手や宮城、福島そして八戸も。。
『まだ震災は続いている。。』
その『温度差』。。『距離感』が。。
人々。。そして日本には。。
まだまだ。。もっと必要なんだろうと思いました。。。
この一年。。
本当に忘れられない一年でした。。
震災の事は一生忘れません。。。
自分が生きていた意味も。。
人の温かさも。。 冷たさも。。。
何が大切なのか。。。
たくさん感じた一年でした。。
いまも携帯には去年の3.11の地震速報と、
二晩、車で泊まっていたコンビニの駐車場の画像と、
コンビニの方から頂いた本とお菓子とお茶の画像が残っています。。
一生忘れません。。
与えられたこの命。。
大切に生きたいと思います。。。


